ドルアーガの塔
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💡 アマゾンでのレビュー
今再評価されるべきソフト。
迷路の中に鍵を見つけ扉を開いて進む。 ルールは単純ですが、ほぼノーヒントで重要な宝箱を入手しなければならない。 ミステリアスな謎が注目され、社会現象に近い形で当時マイブームになりました。 ファミコン版は元ネタのアーケード版にさすがに及ばないですが、クリア後の裏ドルアーガの存在によって一躍神ゲームになりました。 幾多にも仕組まれたトラップ、練られた攻略法。 勝つか負けるか分かりませんが、こんな難しいゲームをよくやってたな。 がんばっていました。 皆様も一日一日ドルアーガ活動してみませんか。
宝の出し方などノーヒントで攻略本の存在なしではクリア不可能。
ファミコン時代の「迷作」のひとつとして知名度はそれなりに高い本作。 悪魔・ドルアーガに捕らわれた恋人の巫女・カイを救うために60回の塔の最上階を目指す騎士・ギル。 各階には宝箱があり、それに入っている宝を入手しないと先に進めないのだが、宝が出現する条件は各階で異なり、 その条件についてはゲーム中では全くヒントすら表示されません。 だから、ユーザーは繰り返しのプレイで自分でそれを発見していかねばならず、難易度は恐ろしく高い。 宝の中には悪魔・ドルアーガを59階で倒すための武具も含まれており、それを入手しないと絶対にドルアーガは倒せない。 だから上階まで進んで宝の取り忘れで全てパーなんて普通にあります。極悪なゲーム。
蓋然性のレンガを積み上げて
アクションRPGというよりプログラミングの妙を楽しむストイックな〈パズル〉に近いゲーム。 例えば『呪文を盾で受ける』ことと『宝箱が出現する』ことにはプログラミング上のロジック以上の繋がりはない。外面こそファンタジーだが解法にファンタジー的なセンスオブワンダーがないので非常に無機質な印象を与える。 理不尽かつ物語上の因果関係や必然性が皆無なトリックということで言えば旧き良きダンジョンRPGの系譜だろうか。『塔』という閉鎖空間はWizardryのダンジョンのようにロジックを際だたせるのに成功していると言える。(ただ単に容量がないだけという話も) このゲームを攻略するためにはプレイヤーは無数にある解法の可能性を同心円状に設定し一つずつその解法を試し同心円を狭めてゆかなければならない。 消去法で蓋然性の低い可能性を消していきより蓋然性の高いレンガを積み上げていって初めて解法という〈頂上〉にたどり着くことができる。 人間を理系・文系の二分法で分けることはあまり意味がないがどちらかと言えば『ドルアーガ』は理系のゲームだろう。しかしこの手のゲームの宿命として〈一度解法が世に知れ渡ってしまうと後はそれをトレースする作業〉になってしまうということだろう。そういう意味では〈密室殺人〉を扱ったミステリや〈弾幕系シューティング〉などにも似ているかもしれない。
名作ともクソゲーとも言われる
「ドルアーガはクソゲー」という意見に、上手に反論するのは難しい。話せば長くなるし、相手に上手く伝わる気があまりしない。結局のところ、時期を逃してプレイしてた人、一人でプレイしてた人にはただの理不尽な謎解きの連続にしか思えないゲームです。リアルタイムで友達と情報を共有しながら少しずつ前進していく面白さ…というか?他者とのコミュニケーションを前提にした遊び方が要求されます。ファミコン市場に初めて剣と魔法のRPGというジャンルをもたらして、以後ウンザリするほど似たようなゲームが生産され続ける時代に突入します。ドルアーガより前のファミコンソフトには、主人公の成長や、エンディングや、裏面や、隠しコマンド等の概念は存在しなかった。それら全てが本作のブームから定着した要素です。リアルタイムで見たプレイヤーだけが実感できる凄みを持つゲームと言えます。
今なお尽きない驚きと感動
ゲーセンで熱狂的なファンを生み出したことで知られるこの作品ですが、私は当時小学生でしたから、ファミコン版で出会いを果たしたのでした。 1985年という年はファミコンとその後のゲーム史の中での画期となる年でした。 9月に発売されたスーパーマリオブラザーズが、テレビゲームの爆発的普及の一大契機になったことは今更言うまでもありませんが、その前後にはこのドルアーガの塔やボンバーマン、シティコネクション、スペランカーなど、今なお語り草になる名作たちが次から次へと生まれてきたのでした。 私もファミコンに夢中になったど真ん中世代の一人ですから、これらの名作たちの発売スケジュールに合わせて、当時の記憶が今でもまざまざと呼び起こされます。 授業が終わるとひとしきり野球やサッカーをやって、それから友達の家に集まってみんなでゲームをやる。 みんなそれぞれ買う作品を分けあって、友達と借りっこをしてどのゲームもみんなで楽しみを共有したものです。 そんな懐かしく微笑ましい思い出の中でも、私が今も最も好きな作品がこの「ドルアーガの塔」です。 当時日進月歩の状態にあったファミコンソフト。 新たな作品に触れるたび、新鮮な驚きに目を輝かせたものですが、僕にとってはその「驚き」が最も深い作品だったからです。 当時の作品にはまだあまりなかったストーリーが深く彫りこまれていたことがまず一つ。 神話的な荘厳さを持って描かれる剣と魔法のストーリーの雰囲気に、子供だった僕はどこまでも酔いしれていたのです。 その世界を彩る多彩なBGM、テンポのよいプレイ感、難解な謎解きと手ごわい敵たち・・・ 突然暗闇に包まれるステージや、流麗な音楽にのって現れるサキュバスや女神イシターの姿にもいちいち新鮮な感動と驚きを感じたものでした。 「主人公が成長する」という要素も、当時RPGを知らなかった私には驚異でした。 「子供がゲームばっかりやるなんて不健康な!」 なんて言われたもんですが、そんなことなかったと思います。(ちゃんとカラダも動かしていたし) ゲームを通じて仲間との会話や、相互関係が築かれることは大いにプラスだったと思います。 何より、黎明期にあった家庭用ゲームの、表現に対する自由快活な貪欲さ。 それに触れるたびに受け取った感動や驚きが、いま僕の中にまだ生きていると思うのです。 今、日本経済が停滞感に包まれる中、一方でデザインや表現の分野では、日本は世界の先端に立とうとしています。 今その中心的世代にいる僕らの共通体験として「ファミコン」というものがあることは間違いない事実だと思うのです。 そして今またメディアは新たな進化を遂げて、インターネットの洗礼を受けた子供たちが将来どのようなものを作り出すのか、楽しみです。 自分たちが子供の頃大人たちから受け取った創造のメッセージを、また伝えてゆけたら。 今なおそんなことを思わせてくれるこの「ドルアーガの塔」は、私の中の最高の一本です。
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